内田絵梨
桜も散り、新緑がまぶしい季節となりました。
今回のお話は花の終わりの表現について。
美しく咲き誇った花は、その散り際にどのように表現されることが多いのでしょうか?
散る
「花が散る」といって、まず思い浮かべるのは桜でしょう。
百人一首の
ひさかたの 光のどけき 春の日に 静心なく 花の散るらむ
の花も桜を指しています。
それほどに我々になじんだ花で、日本の国花の一つです。
満開よりも散り際の方が美しいと言う人もいる桜。
そもそも桜の満開の時期は一週間ほど。見ごろの短いお花なのです。
そして散り際は桜色が一層色濃くなり、ひらひらと花弁一枚ごとに風にのって散っていきます。
この桜の散り際から、「花と散る」という表現が生まれ、満開の桜の花がすぐ散るように「潔く死ぬこと」や「戦場で死ぬこと」を指すようになりました。
舞う
日本のもう一つの国花は菊です。パスポートなどでお目にかかる花ですね。お仏壇に供えたりもします。
お墓参りに行ったときなど枯れた菊があれば、是非見てみてほしいのですが、菊は枯れると、重みで花弁が垂れていきます。その垂れた花弁が風に吹かれて揺れ動く様を「舞う」と表現します。
散り際というよりは、枯れたあとの表現です。
こぼれる
散り零れる(ちりこぼれる)と表現されるのが梅と萩です。
どちらも小ぶりな花を付け、昔から日本で親しまれてきた花です。
その散り方は花弁ごとぽろぽろと落ちていくというもの。散り零れた木の周りには花が積み重なり、まるで絨毯のよう。
日本古来の模様には「零れ梅」と呼ばれる、誰もが一度は目にしたことがある模様もあるほど。また、みりんの搾りかすを「こぼれ梅」と呼ぶそうです。
「零れ萩」という言葉もあって、これは俳句の子季語となっています。
落ちる
花弁ごと落ちる花の代表といえば椿。大ぶりで豪奢な花をつけます。
艶やかに咲いた後、首からぽとりと落ちるので、武士の庭には「縁起が悪い」と植えられなかったとか。
とはいえ、日本は常緑樹を神聖視する文化を持っています。常緑樹である椿もその例にもれず、神社の周りなどに植えられています。
くずれる
椿と似た花で挙げられるのが牡丹と芍薬。どちらも大ぶりの派手な花をつけます。
散り方には違いがあって、牡丹は一気に一枚ずつ花弁が散っていきます。昨日まできれいに咲き誇っていたのに、翌朝見てみると花弁が全て落ち切っていることもしばしば。
対する芍薬は、椿に似て、花の頭ごと落ちます。その後、葉も茎も枯れて、あとは根と芽の部分が残るのみ。
あっという間に花の形を失うことから、どちらも「くずれる」という表現をします。
しぼむ
夏休みの宿題の定番である朝顔の観察日記。次々と花が咲くのでその印象はないかもしれませんが、実は朝顔は一日花(開花して一日で終わってしまう花)です。
同じく、朝開いて夕方には萎んでしまう一日花に菖蒲があります。
どちらも花弁が閉じてしまうことから「しぼむ」と言います。
吹雪く
雪柳はその名前の通り、枝垂れた枝一面に雪のような小さな白い花がたくさん咲き乱れます。
春の訪れを告げる花の一つです。
小さな花弁が散る様はまるで雪の降るよう。まさに吹雪くように散っていきます。
寒い冬が終わった後、芽吹きの春に雪柳が吹雪くとは、なんとも粋な表現ではありませんか。
おまけ
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