内田絵梨
以前書いた記事を見かえすと、手直ししたいところがゴロゴロ出てきて、頭を抱えて転がりたくなることがままあります。
今回は、「あります」と「ございます」の使い分けの記事の補足です。
私のネタ帳には「とんでもないがゲシュタルト崩壊した話」と書いてあるので、皆様がそのような状態にならぬよう、慎重に解きほぐしていきます。
「とんでもない」は形容詞
日本語を話すにあたって「あ、私今形容詞使ってる」というようなことは特に考えないかと思います。
そもそも赤子の頃から聞いて覚えた言語なので、国語の授業で習う文法は後付けの知識とでも言いしょうか、知らなくても生きていくには困りません。
普段使えている言葉をあえて辞書で引いて確認するという作業をするのは、よほどの暇人か、変態か、それを世間から求められている人か(プロや学生など)の三択しかないのではないでしょうか。
だから、別段知らなくても問題はないのです。
「とんでもない」が6文字で1つの言葉であり、形容詞であることなど、知らなくても問題ないのです。
問題ないはずなのに、こいつを敬語にすることで、「日本語として間違っている!」「いや、間違っていない!」とビジネス敬語界がざわざわするのです。
とんでもない言葉ですね。
「とんでもない」の語源
「とんでもない」の語源を探ると「途でもない」という言葉に行きあたります。
「途」とは道の途中。道には物事の道理という意味もあります。その道理からはずれることを「途でもない」と表したのですね。
「途でもない」が音便化し、一つの単語になったのが「とんでもない」。語源である「途でもない」の語尾(形容詞の「ない」)に引きずられて「とんでもない」も形容詞の仲間入りをしました。
一語なので文節で区切るときも「とんでも」と「ない」に分けることはありません。
この頃は「とんでもニュース」や「トンデモ本」など、「とんでもない」を略した言葉を目にする機会が増えたのでややこしいですが、意味を考えると「とんでもない」=「とんでも」なので、一語であることが分かります。
逆に考えると、「とんでもない」が一語であるからこそ「ない」を省略しても意味が通るのですね。
「とんでもない」の敬語
さて、では形容詞「とんでもない」の敬語はどのように表現すれば良いのでしょうか。
自分が上司から褒められた場合を想定して、考えてみましょう。
上司「いい仕事をしたね」
自分「とんでもございません」
「とんでもございません」という表現は日本語の文法的には誤りです。
「とんでもない」で一つの形容詞だからです。
この場合の文法的な正解は「とんでもないことでございます」や「とんでものうございます」です。
同じ形容詞で考えてみると分かりやすいです。
「危ない」を「危ございません」とは言いません。
「危ないことでございます」「危のうございます」と表現しますよね。
※「危ない」の「ない」は、「無い」からきているわけではないのでピンとこないかもしれませんが1つの形容詞ということで。
「もったいない」を「もったいございません」とは言いません。
「もったいないことでございます」「もったいのうございます」と表現します。
しかしながら、「とんでもない」のみに限って言えば「とんでもございません」という誤用があまりにも世に浸透したために、「それでいいんじゃないの」と文部科学省が認めています。
今から9年前の平成19年2月2日に出された『敬語の指針』をご覧ください。
【29】部長から「いい仕事をしたね。」と褒められたので、思わず「とんでもございません。」と言ったのだが、この表現は使わない方が良いとどこかで聞いたことを思い出した。「とんでもございません」の何が問題なのだろうか。
【解説1】「とんでもございません」(「とんでもありません」)は、相手からの褒めや賞賛などを軽く打ち消すときの表現であり、現在では、こうした状況で使うことは問題がないと考えられている。
【解説2】謙遜して、相手の褒めや賞賛などを打ち消すときの「とんでもございません」(「とんでもありません」)という言い方自体はかなり広まっている。この表現は使わない方が良い、と言われる大きな理由は、「とんでもない」全体で一つの形容詞なので、その「ない」の部分だけを「ございません」に変えようとする発想に問題があるということである。したがって、その立場に立てば、「とんでもない」を丁寧にするためには、「とんでもないです」「とんでもないことでございます」あるいは「とんでものうございます」にすれば良い、ということになる。
ただし、「とんでもございません」は、「とんでもないことでございます」とは表そうとする意味が若干異なるという点に留意する必要がある。問いの例は、褒められたことに対し、謙遜して否定する場合の言い方である。したがって、「とんでもございません」を用いることができるが、この場面で「とんでもないことでございます」と言ったのでは、「あなたの褒めた事はとんでもないことだ」という意味にも受け取られるおそれがあるので、注意する必要がある。
また、例えば、あの人のしていることはとんでもないことだ、と表現したい場合には、「あの方のなさっていることはとんでもございませんね。」などとは言えないが、「とんでもないことでございますね。」などは普通に用いることができる。
長い解説ですね。端的にまとめましょう。
・相手の褒めや賞賛などを打ち消すときには「とんでもございません」を使っても良い。
・それ以外の場合は、「とんでもないことでございます」が正しい。
褒められときに言う謙遜の「とんでもございません」が一般化した結果、「とんでもないことでございます」と言うと、相手に誤った印象を与えてしまうリスクが生まれたというのです。
感情をのせて口に出してみると、確かに「とんでもないことでございます」は異なるニュアンスを合わせ持っていると言えます。
上司「いい仕事をしたね。」
自分「とんでもないことでございます?(驚愕+怒り)」
上司「いい仕事をしたね。」
自分「とんでもないことでございます?(照れ+謙遜)」
指示語を入れるとより分かりやすいでしょうか。
上司「いい仕事をしたね。」
自分「(そんなことをおっしゃるなんて)とんでもないことでございます?(驚愕+怒り)」
上司「いい仕事をしたね。」
自分「(そのようにおっしゃっていただけるとは)とんでもないことでございます!?」
謙遜の意味で「とんでもないことです」と言う場合には、書き言葉でも話し言葉でも誤って伝わらないように注意が必要と言えます。
しかしながら、やはり電話対応では正しい日本語を心がけたいもの。
「とんでもないことでございます」や「とんでものうございます」が仰々しく聞こえ、使い辛いと感じる方は、精一杯の敬意をこめて「とんでもないです」と丁寧語で表現してみてはいかがでしょうか。