内田絵梨
東京ではそろそろ桜も見納め。
花が散り、グッドクロス近くの目黒川にも見事な花筏が見られるようになりました。
今回のお話は花見と桜狩り。
秋の紅葉を見に行くことを「もみじ狩り」とは言いますが、桜を見ることを「桜狩り」と表現することは恐らくあまりないと思います。
それは何故なのでしょうか。
「桜狩り」という言葉は存在するの?
そもそも「桜狩り」という表現が存在するのかどうかを調べるために辞書を引いてみます。
さくら‐がり【桜狩(り)】
1 山野に桜の花を求めて遊び歩くこと。花見。《季 春》「業平 (なりひら) の墓もたづねて―/素十」
2 鷹狩りの異称。皇室の遊猟地であった交野 (かたの) が桜の名所でもあったところからいう。
デジタル大辞泉(小学館)より
ありました! しかも花見と同じ意味です。
実は「桜狩り」という言葉は「花見」という言葉の歴史よりも古く、平安中期の物語『宇津保物語』にも出てきます。
この頃の貴族は桜の枝やもみじを山野で愛でたあと、その枝を手折って持って帰り、鑑賞したり、かんざしや帯にさしておしゃれとして楽しんでいました。
「狩り」には「獲物を捕らえる」意味の他に、「野山で植物を鑑賞したり採集する」という意味がありますが、まさに狩って桜を楽しんでいたのですね。
「桜狩り」から「花見」へ
さて、京都御所の内裏にある「左近の桜」はあまりにも有名ですが、これは元は梅の木で、仁明天皇の時代(833-850年)に「左近の梅」が枯れた際に桜に植え替えられ、以後代を変えながらもずっと桜が植えられています。
平安貴族たちは天皇の御所にある桜をまねて、自宅の庭に桜を植えるようになりました。
わざわざ山へ狩りに行かなくても桜を見ることができるようになったわけです。
「花見」「月見」「雪見」
また、花見と言えば宴がセットのイメージがあると思います。
桜を愛でながら、食事を楽しんだりお酒を飲んだり、花より団子という言葉もあるくらい……。
似た言葉に月見や雪見がありますが、どの言葉も「花見酒」「月見酒」「雪見酒」とお酒とのコロケーションがばっちり!
一方、紅葉は木の下で宴をするよりは山野に分け入って紅葉を鑑賞するイメージが強いです。
「もみじ見」という表現もあるのですが、「もみじ狩り」という言葉に比べると今では使われる頻度が少ない言葉といえるでしょう。
「花見」「桜狩り」「もみじ見」「もみじ狩り」。
どれも昔からある言葉ですが、「花見」と「もみじ狩り」という言葉が残ったのには言葉から連想されるイメージが強く結びついているのかもしれませんね。
参考:日本語、どうでしょう?(「桜狩り」と「花見」) / minnano(【この差】「『もみじ狩り』と言う」と「『桜狩り』とは言わない」の差)