内田絵梨
言葉は時代と共に変化していくものです。
今回は、ここ20年ほどで本来持っている意味から違った意味合いを持つようになった「忖度」について取り上げます。
忖度の本来の意味
2017年頃にとあるニュースがきっかけで、「忖度(そんたく)」という言葉をよく聞くようになりました。
この事件ではさも官吏が上位者の意図を推し量っていろいろな物事を進めたといったニュアンスで「忖度」が使われていたため、この言葉を「他人の心の中や考えを推し量った上で何かを配慮する」という意味でとらえている方も多いのではないでしょうか。
実はこの「忖度」は、「他人の心の中や考えなどを推し量る」という意味で、推し量った上で何かを配慮するという意味合いを持つ言葉ではありません。
そんたく【忖度】
他人の心をおしはかること。小学館 デジタル大辞泉より
漢字を見てわかる通り、「忖」は心(立心偏)に寸なので「人の心を推し量る」という意味で、「度」も「数ではかる」という意味です。
どちらもただ「はかる」だけで「配慮する」等の行動は伴わないのです。
忖度という言葉が使われている最も古い文献は中国最古の詩集「詩経」で、この詩集に載っている「巧言」という詩に登場します。
また、日本国語大辞典(小学館)によれば、忖度は平安時代から使われていたとされていて、学問の神様としても有名な菅原道真の漢詩集『菅家後集』の「敍意一百韻」に出てきます。
「巧言」も「敍意一百韻」も、どちらも「人の心を推し量る」という意味で使われています。
現在の「配慮する」という行動が伴うニュアンスを含みだしたのが2000年頃。
政治の分野で「上位者の意志や意向を推し量り、取り計らう」というような使い方がされるようになりました。
ここ20年で意味に変化が生じるようになったのですね。
斟酌という言葉
それでは、「他人の心の中や考えを推し量った上で何かを配慮する」という意味を持つ言葉は他に存在しないのでしょうか。
似た意味を持つ言葉に「斟酌(しんしゃく)」があります。
斟酌の意味は「相手の事情や心情をくみとること。また、くみとって手加減すること。」です。
漢字の成り立ちは「斟」は「液体をくむ」という意味で、「酌」は「酒をくむ」という意味です。
この意味を見て分かる通り、斟酌は元は「水や酒をくみ分ける」という意味の言葉でした。
それが今では、先方の事情や心の状態をくみとるという意味に変化して、さらには「遠慮すること」の意味も持つようになっています。
しんしゃく【斟酌】
《水や酒をくみ分ける意から》
1 相手の事情や心情をくみとること。また、くみとって手加減すること。
2 あれこれ照らし合わせて取捨すること。
3 言動を控えめにすること。遠慮すること。小学館 デジタル大辞泉より
どこかで見た意味の変遷ですね。
「忖度」の意味が斟酌化し、その「斟酌」自体も元の意味から変化した意味が辞書に載っているわけです。
言葉が変化するときには、その用法を「誤用だ」と指摘する層と、誤用と知らず・もしくは知りつつも受け入れて使用する層とがせめぎ合います。
私たちは今、忖度の意味の過渡期を生きているのです。
参考:日本語、どうでしょう?(忖度) / (「斟酌」と「忖度」) / 例文買取センター(【忖度】と【斟酌】の意味の違いと使い方の例文)