内田絵梨
前回から少し間が空いてしまいました。
週に一本ずつ書いて、4月中に終わらせてやるぜ!キラーン
と思っていたのですが、なかなかどうしてうまくいかないものです。
「よろしかったでしょうか」は間違っているのか
「ご注文はコーヒーとチーズケーキでよろしかったでしょうか。」
注文復唱時の文言は「よろしかった」と過去形にすると間違いです。
正しくは
「ご注文はコーヒーとチーズケーキでよろしいですか。」
「ご注文はコーヒーとチーズケーキでよろしいでしょうか。」
「ご注文はコーヒーとチーズケーキでよろしゅうございますか。」
と言います。
お客様から注文を受けた直後、今まさに確認を以って注文をとる行為が終わろうとしている現在進行形まっさかりに過去形で尋ねるのは不適切なのですね。
友達同士の会話にしてみると分かりやすいです。
B子「A子、注文何にする?」
A子「えっと、私はコーヒーとチーズケーキにする!」
B子「了解!注文はコーヒーとチーズケーキだったっけ?」
A子「(あれ?今言ったよね)うん」
なんだかB子ちゃんが驚くほど短時間に記憶をどこかに落っことしたように見えますね。
ゆるふわなアニメキャラなら許されるかもしれませんが、私などが友人にそんなことを言おうものなら「とうとう記憶障害にでも陥ったのか?3歩歩くと忘れる鳥頭なのか?」と真顔で心配されそうです。つらい。
現実は思った以上にファンタジーが通じません。ちぐはぐな会話にならないように現在形を使いましょうね!
また相手に与える印象も、「よろしかったでしょうか」は確認なのに対し、「よろしゅうございますか」等の表現は許可の意味合いが強くなります。
注文の復唱は現在形を使う方が好ましいことが分かりますね。
逆に言うと、時間が経過した後だと正しい表現になります。
注文をとった後、改めて確認をする場合は
「恐れ入ります。ご注文はコーヒーとチーズケーキでよろしかったでしょうか。」
と言っても大丈夫です。
「よろしかったでしょうか」の距離感
全くもって自慢になりませんが、私は英語が苦手で、授業中はいかにノートを美しくとるかに命を掛けていました。(成績が伸びないパターンのノート術です;)
そして、最も美しく、芸術的にノートをとれたのが「時制」を習ったときだったように思います。
なにせ「時制」という概念自体が衝撃的!「日本語は現在形と過去形しかないのに。英語ってすごい!」と心打ち震えた体験だったのですから。
さて、時制の中でも過去時制を使って英語は丁寧表現をすると習ったのは、衝撃の日からどれくらい時間が経ってからでしょうか。
canよりもcould、willよりもwould、doよりもdidの方がより丁寧だと言うのです。
「時制」の図を見れば一目瞭然。
「今」を生きる私達にとって、離れた時制である「過去」は距離感があり、その距離感が婉曲表現・丁寧さを生むのです。
そして、この距離感は「よろしい」よりも「よろしかった」が使いたくなる心にも通ずるのではないかと思います。
「よろしかった」に流れる不器用な心遣い
「よろしかった」と過去形で言ってしまうのは、お客様への礼儀を弁えようとした結果であるとするといじらしくありませんか?
残念ながら現在と過去とで話しができる電話などは未だ開発されておりません。と、なると過去形で話すということは、高貴な方と御簾越しにお話しをするなんてものではなく、時空すら超えて言葉を交わすくらいの距離感を持つという高度な敬語表現・・・
とはさすがになりませんが、この言葉が生まれたきっかけがそのような気遣いである可能性も1ミクロンくらいはあるはずです!
バイト敬語に流れる愛を勝手に感じながら締めくくりの言葉を探しているのですが、個人的には「よろしゅうございますか」という美しい日本語が息も絶え絶えなので、是非皆さん使っていただきたいです!
日本語はげに美しゅうございます。